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礼拝メッセージ 2024年 9月1日
日本バプテスト同盟  運河キリスト教会  
牧師 山本美智子
コロサイの信徒への手紙 1章15〜23節 キリストによる和解
〈聖書(新共同訳)〉
1:15 御子は、見えない神の姿であり、すべてのものが造られる前に生まれた
方です。
1:16 天にあるものも地にあるものも、見えるものも見えないものも、王座も
主権も、支配も権威も、万物は御子において造られたからです。つまり、
万物は御子によって、御子のために造られました。
1:17 御子はすべてのものよりも先におられ、すべてのものは御子によって支
えられています。
1:18 また、御子はその体である教会の頭です。御子は初めの者、死者の中か
ら最初に生まれた方です。こうして、すべてのことにおいて第一の者とな
られたのです。
1:19 神は、御心のままに、満ちあふれるものを余すところなく御子の内に宿
らせ、
1:20 その十字架の血によって平和を打ち立て、地にあるものであれ、天にあ
るものであれ、万物をただ御子によって、御自分と和解させられました。
1:21 あなたがたは、以前は神から離れ、悪い行いによって心の中で神に敵対
していました。
1:22  しかし今や、神は御子の肉の体において、その死によってあなたがたと
和解し、御自身の前に聖なる者、きずのない者、とがめるところのない
者としてくださいました。
1:23  ただ、揺るぐことなく信仰に踏みとどまり、あなたがたが聞いた福音の
  希望から離れてはなりません。この福音は、世界中至るところの人々に
宣べ伝えられており、わたしパウロは、それに仕える者とされました。
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  <メッセージ>
  ●コロサイの信徒への手紙
  コロサイの信徒に宛てられた手紙を、私達運河教会に宛てられた手紙として読ん
  でいます。
  「あなたがた」は、私達のことです。
   
  前回の箇所では、パウロは私達に、神の御心を十分悟って、主に従って歩むよう
  にと、願っていました。
  神様の御心が13節、14節に記されています。
  「御父は、わたしたちを闇の力から救い出して、その愛する御子の支配下に移し
  てくださいました。わたしたちは、この御子によって、贖い、すなわち罪の赦し
  を得ているのです。」
 
  この御子とはどのようなお方であるかが、今日の箇所に記されています。
  万物は、御子によって神様との和解を得ている、と記します。
 
  ●世界は和解を求めている
  今、この世界は切実に和解を求めています。
  今この時も、戦争や紛争が行われているのです。
  終結する目途が立ちません。
 
  今この時も、自然破壊が進んでいます。
  この夏の猛暑を経験して、私達は地球温暖化の危機が迫っていることを実感し
  ました。
  自然と人間との和解が必要です。
   
  ●神と万物との和解
  今日の聖書には
  「万物をただ御子によって、御自分と和解させられました。」
  とあります。
  神様と万物との和解が告げられています。
 
  人と人との和解も、人と自然との和解も、神様との和解によってもたらされ
  るのです。
   
  ●人と人との和解
  人と人との和解は、人が神様と和解することによってもたらされます。
 
  戦争は人間が引き起こすものです。
  初めは小さなわだかまりであったものが、長い時間の間に積み重なり絡み合
  って、ついに戦争になるのです。
  人が変わらなければ、戦争はなくなりません。
 
  人と自然との和解
  人と自然との和解も、人と神様との和解によってもたらされます。
 
  神様は人を造られて
  「産めよ、増えよ、地に満ちて地を従わせよ。海の魚、空の鳥、地の上を這
  う生き物をすべて支配せよ。」
  と言われました。
 
  自然を正しく管理する務めを人間に与えられたのです。
  けれども人間は、自然を自分達の都合の良いように使い、破壊してしまっ
  たのでした。
  人が変わらなければ、自然破壊は止まりません。
 
  人と人との和解も、人と自然との和解も、人が変わらなければ実現しません。
  人は神様と和解することによって変わるのです。
 
  ●ただキリストによって
  万物と神様との和解は、ただ御子キリストによってもたらされました。
  どのようにして和解がもたらされたかが、記されています。
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  ●見えない神の姿
  初めに、御子キリストがどのようなお方であるかが記されています。
  「御子は、見えない神の姿である」とあります。
 
  神様は私達の目には見えません。
  人間をはるかにはるかに超えておられますから、人間の目には入りきれな
   いのです。
 
  神様は、イエス・キリストによってご自身を現されました。
  イエス様は言われています。
  「 あなたがたがわたしを知っているなら、わたしの父をも知ることになる。」
  「わたしを見た者は、父を見たのだ。」
  「 わたしが父の内におり、父がわたしの内におられると、わたしが言うの
  を信じなさい。」(ヨハネ14:7-11)
 
  私達はイエス様を見ることによって、神様をi知ることが出来るのです。
 
  ●万物
  次に
  「1:16  万物は御子によって、御子のために造られました。
  1:17 御子はすべてのものよりも先におられ、すべてのものは御子によって
  支えられています。」
  とあります。
 
  聖書の一番初めには
  「初めに、神は天地を創造された。
  地は混沌であって、闇が深淵の面にあり、神の霊が水の面を動いていた。
  神は言われた。「光あれ。」こうして、光があった。」(創世記1:1-3)
  とあります。
 
  そしてヨハネによる福音書には
  「 1:1 初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった。
  1:2 この言は、初めに神と共にあった。
  1:3  万物は言によって成った。成ったもので、言によらずに成ったものは
  何一つなかった。」
  と記されています。
  さらに
  「 1:14 言は肉となって、わたしたちの間に宿られた。わたしたちはその
  栄光を見た。それは父の独り子としての栄光であって、恵みと真理とに
  満ちていた。」
  と告げています。
   
  御子キリストは、すべてのものよりも先におられ、すべてのものを支え
  ておられるのです。
 
  ●和解の出来事
  この御子に、神様が何をされたかが記されていきます。
 
  神様は、満ちあふれるものを余すところなく御子の中に宿らせられました。
  それは、御子によって万物が御子の中へと和解するためでした。
  神様は、御子の十字架の血によって、地にあるものであれ、天にあるもの
  であれ、万物をご自分と和解させられたのです。
   
  ●キリストによる和解
  これが、キリストによる和解です。
  他の和解とは何と異なっていることでしょうか。
 
  世の中で行われている和解は、争っている当事者が互いに譲歩することに
  よって成り立ちます。
  双方とも、出来るだけ自分が有利になるようにしようとします。
 
  ところがキリストによる和解は、神様と人間が互いに譲歩して和解するの
  ではないのです。
  神様の方が一方的にマイナスを負われるのです。
  神様は御子を十字架にかけ、その血によって人間側の罪を贖うことによっ
  て和解してくださったのです。
  人間に何の条件も求めずに、です。
 
  神様は、十字架に死なれたキリストを復活させられました。
  死もキリストの和解の中に飲み込まれました。
 
  ●私達
  私たちはこのようにして成し遂げられたキリストによる」和解を知りました。
  私たちはキリストを信じる者となって今ここにいます。
  この教会の群れに加わり礼拝をささげています。
   
  ●聖なる者とされて
  パウロは私達に言います。
  「 1:21  あなたがたは、以前は神から離れ、悪い行いによって心の中で神
  に敵対していました。
  1:22 しかし今や、神は御子の肉の体において、その死によってあなたが
  たと和解し、御自身の前に聖なる者、きずのない者、とがめるところのな
  い者としてくださいました。」
 
  私達は以前は神様から離れていました。
  自分は正しい、立派だ、と思っていたのです。
  周りの人を、自分の正しさをもって裁いていました。
  キリストによる和解を知って、初めて本当の自分を知りました。
  自分はきずだらけの者、とがめられるところばかりの者なのです。
   
  私達は以前は神様から離れていました。
  自分はだめだ、と自分の罪ばかりを見て、自分を責めていました。
  その罪をキリストが贖ってくださった、神様はわたしを聖なる者、きずの
  ない者、とがめるところのない者としてくださったことを知りました。
   
  ●みなされる
  私達自身が、聖なる者、きずのない者、とがめられるところのない者になっ
  たわけではありまさん。
  キリストを信じた今も、聖なる者ではない、きずだらけ、とがめられると
  ころがたくさんある者です。
  そのわたしを、キリストがすっぽりと覆ってくださっているのです。
  神様はキリストゆえに、私達を聖なる者、きずのない者、とがめられると
  ころのない者とみなしてくださっているのです。
   
  ●教会はキリストの体
  「パウロは言います。
  「 1:18 御子はその体である教会の頭です。」
 
  私達の教会はキリストの体です。
  キリストによって神様から一方的な和解をいただいていることを知って
  いる群です。
 
  キリストは私達の群の頭です。
  群の外に居るのではありません、私達の群の中に居て、私達を導いてくだ
  さっています。
 
  私達は頭であるキリストに従って生きていきたいです。
  キリストによる和解をいただいている者として、和解を産み出す者であり
  たいです。
 
  ●出来ないわたし
  けれど私達は、キリストのようには出来ないことに気付いています。
 
  キリストはすべてのマイナスをご自分が引き受けて、神様と人との和解を
  実現してくださったのでした。
  でもわたしは、すべてのマイナスを自分が負って和解することが出来ない
  のです。
  自分は正しいと思ってる自分が居ます。
  自分の正しさを曲げることが出来ません。
  少しでも多く自分を押し通して和解したいのです。
  自然破壊を食い止めるためには、人間側が我慢しなければならないことが
  分かっています。
  それでも、これまで自然を破壊して手に入れてきた快適な暮らしを手放
  すことが出来ないでいます。
   
  ●和解の一歩
  それでも、少しでもキリストに倣って生きていきたいです。
 
  身近に起こる小さなわだかまりをそのままにしておかないで、和解するこ
  とから始めましょう。
 
  日々の暮らしの中で、自然を守る選択をしていきましょう。
 
  人が変われば、和解が生まれるのです。
  私達はキリストによって変えられた者です。
 
  ●福音の希望
  パウロは私達に言います。
  「1:23 揺るぐことなく信仰に踏みとどまり、あなたがたが聞いた福音の
  希望から離れてはなりません。」
 
  揺るぐことなく信仰に踏みとどまりましょう。
  私達の信仰は揺るぐことがあります。
  揺るぐことがあってもなお、信仰に踏みとどまることが出来るのは
  キリストがおられるからです。
  行き詰まった時、間違った方向に行ってしまった時、立ち止まって頭で
  あるキリストを仰ぎましょう。
  キリストは十字架の死によって私達を神様との和解の中へと入れてくだ
  さっているのです。
  キリストが正しい道を示してくださいます。
 
  福音の希望から離れないようにしましょう。
  神様はすでに、地にあるものであれ、天にあるものであれ、万物をただ
  御子によって、御自分と和解させられておられるのです。
  ですから希望があります。
  キリストにある希望があります。
   
  ●結語
  私達はこれからも頭であるキリストに従って歩んでいきます。
   
  福音の希望を見つめながら、福音の希望の中を歩いていきます。  
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